「その話しを始めるとキリがないですよ」
呆れたような声とは裏腹に、SKIさんはうれしそうだった。
「バイクで走っていて忘れられない瞬間」
会議後のいつもの会合で、ボクの質問への反応だ。
レース経験者のSKIさんならばと訊いたので、
こちらもうれしくなった。
「やっぱサーキットでのコーナーがらみが多い?」
「それはもちろんあるんですけど・・・」
少し考えてから言った。
「友だちとのんびり走った、
宗谷丘陵と積丹の海岸線が忘れられないですね」
SKIさんいわく、良くも悪くもレースはレース。
公道を走る楽しみは別物らしい。
少し違うかもしれないが、
峠を攻めている時とツーリングでは違う楽しみがある。
ボクはHDOと三重まで走った時かなぁ。
たぶん21歳の夏。
出発する時、東京は雨で。
スマホもインターネットも無い時代だったので、
電話帳で小田原や沼津や静岡などの銀行に、
客のふりをして電話して現地の天気を確認。
雨の中をおっかなびっくり走り始めてしばらく、
長いトンネルを抜けるとキレイな青空。
やたらウキウキして走って浜名バイパスにのると、
緩やかで長い登り坂はまるで空へ吸い込まれるようで。
専門学校を卒業したものの、
あらゆることがうまく行かず鬱々とした毎日を過ごしていた。
HDOはそんなボクを気遣い、
実家への帰省に誘ってくれたのだ。
かと言って、
当時のボクの心境や状況が大きく変わったワケじゃない。
でも、その時のHDOの心遣いと、
あの風景は今もボクを支えている。
「ええ話やないですかぁ」
SKIさんは何故かエセ関西弁で話し、
目を拭うふりをした。
「そんな感傷に浸ってると、事故りますよ」
その顔はいつになくニッコリとしていた。