
写真:宝島社
イギリス議会で「安楽死」法案が賛成多数で可決され、
成立に向けて前進したとのニュースを見た。
「死ぬときぐらい好きにさせてよ」
このニュースを見てすぐ、
2016年に女優の樹木希林さんが、
新聞広告で〝終活宣言〟した際のコピーと、
映画「PLAN 75」を思い出した。
個人的信念や文化風習や信仰する宗教などによって、
望む死に様は大きく変わるので、
ひとくくりで善悪を判別することはできない。
ただでさえ一筋縄ではいかない問題なのに、
かなり大変だろうと思いきや、
1997年以降で9カ国も合法化しているという。
それらの国でほぼ共通しているのは、
死期が予見されている患者、
もしくは本人が許容できると考える条件下では、
軽減できない耐え難い苦しみがあることが、
基本的前提になるという。
つまり、医療的所見での終末期患者だけではなく、
『本人が許容できない苦痛』があると認められれば、
安楽死が選択できるのだ。
精神疾患や痴呆などはまだしも、
精神的苦痛のみを理由としたケースも、
容認する動きがあるそうだが、
それについては個人的に複雑な心境になる。
青臭い理想論と分かっていながら書くが、
いつの時代のどんな規模の国家や組織であっても、
個人の孤立を防ぎつつ、
精神的、経済的な自立と、
自己実現の両立を後押しすることが、
繁栄や安定的存続に関わる重要な課題であるはずだ。
生命維持に必要な安心安全を、
誰もが享受できる社会が実現されていながら、
死を望まずにいられない人ならまだしも。
この世界に生きる希望を見出だせず、
絶望してしまっている人たちが、
合法的に自死できるシステムを作るのは、
いかがなものかと思う。
死が救いとなるケースがあることは否定しない。
でも、生きていて良かったと思える時が来る可能性を、
否定したくないボクがいる。