「今日は酸素の圧をかなり落とせました」
羊をめぐる冒険が、
十二滝町の歴史解説に差し掛かった頃、
若い主治医はいつものように淡々と言った。
その声は少し弾んでいるように思えた。
自発呼吸は順調に戻っているが、
二酸化炭素の排出が今ひとつで、
まだマスクは外せず。
それと入院による、
ストレス性心筋梗塞のリスクも以前残っている。
「でも、よくがんばっておられますよ」
椅子から立ち上がりお礼を言って、
病室を出る医師に頭を下げる。
「もう少しでマスクが外せそうだって。
で、その後、少しがんばれば家に帰れるって」
義母は横目でボクを見て、笑った。