Spiral-World

めくるめく世界での個人的な日記

本を読む #3

病室という空間が持つ微妙な空気が、

ボクはあまり好きではない。

病室が好きだという人に会ったことがないので、

もしかするとみんなも好きじゃないのかもしれない。

札幌のいるかホテルで羊博士から話を訊いた。

物語がそのへんに差し掛かった頃、

30代とおぼしき女性看護師が病室に入って来た。

義母とボクに名札を見せながら名乗ると、

点滴や機材をテキパキとチェックし、

身体の向きや布団を直し、

雑談を交えながら義母に具合を訊いた。

そばにいてジロジロ見るのも失礼なので、

ボクは椅子に座ったまま本を読んでいた。

ひとしきり仕事をすると看護師さんはボクに言った。

「付き添い、大変ですね」

「いえ。みなさんが良くしてくださるので、

 ボクは本を読んでいるだけです」

そう言うと、

彼女はちょっとホッとしたように笑った。

村上春樹さんですよね、それ」

「はい」

「私は『海辺のカフカ』しか読んだことがなくて」

「それは残念な出会いでしたね」

「え? そうなんですか?」

「あまりにも抽象的すぎるし、

 はっきり言っておもしろくない。

 だから、他の作品を読まなかったんでしょ?」

「あはははは。そうかも」

「長い入院の合間とかに読んだら、

 少しは印象が良くなるかな」

「そんな機会があったら、もう一度読んでみます」

彼女が出て行き雑談の余韻が消えると、

病室は徐々に「病室らしき」空気になって行く。

ボクはまた羊をめぐる冒険を読み始めた。