子どもの頃、その俳優さんがとてもキライだった。
卑屈で情けないニオイがプンプンしていたから。
田中邦衛さんが亡くなられた。
「北の国から」をちゃんと観たのは、35歳を過ぎ。
北海道で暮らすようになってからだ。
その年齢になっても、
五郎さんが醸す「情けなさ」は観るのが辛かったが、
子どもだった頃に比べればかなり寛容になれたように思う。
そんなある日。
あれは確か2002年。
彼の地のとある喫茶店でコーヒーを飲んでいて、
撮影前の田中邦衛さんとお逢いしたことがある。
ボクが座っているカウンター席に、
まさに「あの格好」をした田中邦衛さんがやって来て、
女性店主と親しげにあれこれと喋っていた。
「お兄さんは地元の人かい?」
と、突然、ボクに話しかけて下さった。
「あ、いえ。仕事で来てまして、サボってました」
「そっかぁ。オイラもサボり。よく叱られんだぁ」
そこで何を思ったか、
ボクは映画「みんなのいえ」の話をしてしまった。
五郎さんに。
DVDに収録されていた動画の、
英語でのPRがあまりにも見事だったことを思い出したから。
「そっかい。照れんなぁ。
あれはさぁ、監督にもっともっとって囃し立てられて、
調子のってやったんだよねぇ」
その口調や仕草は五郎さんそのもので。
完成したドラマを観ながら、きっと、あの時、
田中邦衛さんはコーヒーを飲み、
地元の人たちと世間話をしながら、
五郎さんを憑依させておられたんだろうなぁと、思った。
あんなにまじめで情けなくて、
いい人はいなかったですよね。
特別な人でした、僕にとっては。
かけがえのない人でしたね。
「北の国から」の五郎役は他にも候補がいたが、
誰が一番情けないだろうと考えて、みんなで即一致した。
僕自身がものすごく情けない人間で、
男ってまじめにやればやるほど矛盾が出てくる。
そのことを邦さんに言った時、
「そうなんだよな」ととても共感してくれたのを覚えている。
一番心に残っているのは、人に頭を下げている情けない姿かな。
引用元:毎日新聞 2021/4/2 「北の国から」の脚本家、倉本聰さん談
もう一度、言う。
子どもの頃、田中邦衛さんという俳優がとてもキライだった。
卑屈で情けないニオイがプンプンしていたから。
その印象はボクが大人になってもあまり変わらなかった。
そして、今、思う。
田中邦衛さんとは、
それほどまでに強烈な演技をされる俳優であったのだと。
心からご冥福をお祈りいたします。