「先月、お話しできなかったのですが」
彼女は鍼を打ちながら何気なく言った。
「6月でここを退職することになりまして」
「え? ホントに?」
「はい。でも、引き継ぎはちゃんとしておきますので」
「いや。それは困ります」
ホントに困る。
お世話になっていた整体が閉院したのが、つい先日。
その上、鍼まで失うとなると、
ボクの体調維持はかなり危うい状況になる。
「みんなしっかりしてますから安心して下さい」
「それは分かっていますが、誰でも良いわけじゃないので」
彼女は声を潜めて言った。
「実は7月から独立開業するので、
後で連絡先をお渡ししますね」
「ありがとうございます。
でも、もしご迷惑なら遠慮なく言って下さいね。
フラれるのには慣れてますから」
「あはははは。分かりました」
そんな話しをしながら約1時間、鍼とお灸をたっぷり。
ひと安心して街に出た。